自殺志願者の末にあるもの
ゲイ、同性愛者、レスビアン、バイセクシャル、シーメール、ニューハーフなど、性には人の想像をはるかに超える文化が存在していました。これは一般にはその世界を知らせることもなくひっそりと育まれたものでした。
日本でも、最近ではニューハーフを売りとしたタレントや女装をしたタレントがたくさん出演しています。これは、日本における彼らの文化が浸透したようにも思えましたが、これは表向きのしかもプラスなイメージだけがかえって目立っていただけのようだ。いくら彼らを対象とした分析をなされても、それをもとに理論だてられてもそれらを理解しようとすることをもっぱら拒否をしている人の方が非常に多いことがわかった。
彼らの暗い過去、世界に入ることができなかった過去をすっかり明るい世界へと遷都されたように思われていたがこれはもはや、一つの性としてとらえられることはこの先もないのだ。どんなに、法的に同性愛者同士の行員が認められたとしても、法によっては守られているかもしれないが、一人ひとりの人間に理解させることはできない。人の心を法律で縛ることはできないからだ。
世間の目とは何なのか
先に述べたように、同性愛者として精神障害を抱えているものは多いとされている。中には自殺志願者も数多く存在しているのが事実である。その原因は、彼らが世間から認められることのない存在であることを実感した時にはじめて彼らは自信を知ることになる。一言認めるだけでいいのに、同性愛者に対してのマイナスなイメージをもったものにとってはゴキブリよりも許せない存在になっていまう。彼らはたんに、拒否されたくないだけで、決して認めてもらおうとは思っていないのではないだろうか。
こういう性的思考を持った人間もいれば、性と身体が一致していないだけの人間もいるんだという事を知ってもらうだけで彼らは存分に広々と生きることができるのだ。そもそも彼らには彼らにしか踏み込めない世界がある。それは紛れもなくアダルトな世界に入り込むことになるが、同性愛者ではなく非同性愛者として興味を持ってしまった人に対して彼らは決して反発しようとはせず喜んでいらっしゃいと言ってくれると思う。
彼らを追いこむとされている世間とは、世間を代表するあなたが彼らに向ける視線のこと。世間が言っている言葉とは、あなた自身が言っている言葉でもある。同性愛者だけが自殺をするほどの精神的被害を抱えているわけではないが、根本は同じ。何が引き金になるかで世間が人を殺していることに違いはない。